白浜短歌会三月歌会歌稿(三月十八日)についての感想(1) 後藤人徳
A子さん:
ひな祭りきれいに並らぶひなの前子供と歌うひな祭りの歌
予言する南海地震にわれ恐怖命杖 ( つえ )を便りて(に)身構え確保
1.「ひな祭り」「ひなの前」「ひな祭りの歌」、くり返し「ひな」の字を使ってい
ます。それだけひな祭りの感激を表しているのかもしれません。あるいは、
最近の傾向として、昔ながらの行事がおろそかになっている。雛祭りを、昔
のように子供たちがあまり興味をもたないのかもしれません。そうした世の
中の傾向のなかで、作者はひな祭りを大切にしているのかもしれません。
参考はそうした世の中の傾向を歌ってみました。
参考:雛壇にきれいにならぶひなの前一人うたえりひな祭りの歌
2.「恐怖」といい、「身構え確保」と硬い言葉が使われています。それが、作者
の真実の気持なのでしょう。「便り」は、「頼り」でしょう。
参考:予知される南海地震恐れつつ命の杖を握り身構う
B子さん:
花粉症マスクの下の鼻緩みそれでも桜愛でつ楽しむ
桜道なんとペットの多い事花より犬の服が気(春)になり
1.この歌は作者のある精神性みたいなものを歌っているように感じました。体調を多
少犠牲にしても、桜を愛でたい、楽しみたいそういう精神性のようなものです。「花粉
症マスクの下の鼻緩み」は多少説明的のように思います。歌は伝えるのではなく伝
わることが大切ではないでしょうか。「愛でる」と「楽しむ」は多少ダブっているように思
いますが。
参考:花粉症の鼻の緩みにめげないで桜の花を愛でつつ歩む
(河津桜か)
2.作者の目線に注目しました。目線が下に向いているのです。あるいは、桜が
満開ではなかったのでしょうか。そうしてみると、「犬の服が気になる」よりも、
「花より犬の服が春なり」のほうが良いのではないでしょうか。
参考:桜道なんとペットが多いこと花より犬の服が春なり (伊豆高原か)
C子さん:
就職の内定もらい卒業の袴 ( はかま )の予約に孫娘 ( まご )は帰省する
ふるさとに帰つてみたいと被災者はくやしいですよと声をつまらす
静 (しず)よりも動 ( どう )なるわれも老いたれどまだまだ元気と畑に精出す
1.「袴」のルビはいらないと思います。普通「はかま」としか読みませんから。こ
の歌の内容についてわれわれは注意しなければならないことがあると思いま
す。一首のなかで就職の内定のことと卒業のことと二つのことを言おうとしてい
るように私には思えます。特に「就職の内定もらい」が自慢のようにも受け取ら
れかねないのです。あるいは、「袴の予約」までも必要なのか。参考はわたしな
りの参考です。それは、就職と卒業の両方を喜ぶ気持を表したつもりです。
参考:就職の採用内定もらいたる孫の娘が卒業をする
2.これはよいと思います。被害者の言葉は「」にくくった方がいいと思います。
参考:「ふるさとに帰ってみたい」と被害者は「くやしいですよ」と声をつまらす
3.「静」は「せい」、「静 ( せい )と動 ( どう )」と普通の読みかただと思います。「しず」と読むなにか
理由がありますか。「われも」でなく、「われは」ではないですか。
参考:静よりも動なるわれは老いたれどまだまだ元気と畑に精出す
:動くこと好きなるわれは元気だと言いてついつい畑に向かう
D子さん:
採血の結果 気になる 診察日 夫の帰りを 案じ 待ちおる
温くき風 感じつ雛に 供えんと 磯場ぐるぐる 磯もの探す
1. 一字開けが気になりました。短歌は文字の間を開けないのが原則です。例
外はありますが、まず字を開けないで作ってください。自分の気持を文字だけで
表現しようとするのは無理がありますし、説明になって余韻がなくなります。「気
になる」「案じる」というのは伝えるのでなく伝わるようにしないといけないでしょ
う。
参考:採血の結果の分る診察日夫の帰りを恐れ待ちいる
2.前作と同じく、一字開けが気になりました。短歌は調べを大切にしますので、
ぷつりぷつりと区切るのは本道ではありません。「温くき風」が全体のこの歌に
大切なのかどうか。「感じつ」は、「温くき風」にすでに感じていることは出ていな
いでしょうか。この歌の中心はなにか、何を歌いたいのか。「温くき風」なのか、
「雛」なのか、「磯場」「磯もの」なのか。
参考:雛壇に供えんものを探さんと温き磯場をぐるぐる巡る
E子さん:
人の世に大きく開くすごき花柴田トヨさん白き笑顔で
何処へ行くあてはなけれど心地よき心うきうきおしゃれにしたる
1.柴田トヨさん、九十歳になって詩を作り始め、九十九歳で出版した『くじけな
いで』はベストセラーとなった。作者は、あるいは尊敬、あるいは憧れをもって柴
田トヨさんを「人の世に大きく開くすごき花」と表現しています。いま、写真かある
いはテレビの出演場面を見ておられるのでしょうか。「白き笑顔」が印象的で
す。わたしの参考は、多少角度を変えているかもしれません。
参考:人の世に大きく開く花となる柴田トヨさん白寿の笑顔
2.やっと春めいたことにたいする喜びがよく出ていると思います。「おしゃれに
したる」が良いと思いました。特に「に」に特色を感じました。「おしゃれをしたる」
でなく「おしゃれにしたる」です。助詞ひとつの違いですが、よく作者の今の心境
を語っているように思いました。
F子さん:
秋刀魚鮨作る嫁女の手捌きを見ているだけの不器用な姑 ( しゅうとめ )
父母の忌にはらから五人揃いたる皆老いたれど幼顔残れり(残る)
返信のなき友の安否気にかゝるそれぞれ老いの齢 ( よわい )なりせば
1.お嫁さんをこういう形で褒めるのもなかなか良いのではないでしょうか。ご自
分を第三者的に「姑」としている方法もありますが、「われ(我)」とストレートに言
ってもいいと思います。自分のマイナスイメージを表現する時は、わたしは、む
しろストレートに表現するようにしています。自分にプラスとなるようなときは第
三者的にぼかす、そんな使いわけをしています。参考は、単なる参考です。原
作のほうが迫力があると思います。
参考:秋刀魚鮨作る嫁女の手捌きをほれぼれとしてわれは見ている
2.内容はよろしいのではないかと思います。「揃いたる」とすると連体形で皆に
付きます。「はらから五人揃いたる皆老いたれど」と長くなりすぎるように私は思
います。「揃いたり」と終止形にして、ここで息ぬきをして、「皆老いたれど」とした
らどうでしょうか。結句の「残れり」は「残る」の連用形に完了、継続の助動詞
「り」が付いて「残った」となっています。ここは「残る」でいいのではないでしょう
か。
参考:父母の忌にはらから五人揃いたり皆老いたれど幼顔残る
3.「返信のなき友」といい、「安否」といい、「気にかかる」といい、「老いの齢」と
マイナス的な言葉を多く使っています。作者自身が今体調を崩しておられるよう
に聞いています。それが、こういう歌に表われているのかもしれません。参考
は、あくまでも参考です。
参考:返信のなき同級の友のこと気にかかりつつ病(やまい)に伏せり